まごころ弁当

起業家紹介 [まごころ弁当 郡山店 店長 介護福祉士 杉山 利彦]

経験を活かして、高齢者向け配食サービスで起業。

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《介護保険法》施行の年、介護福祉士として社会人に。

2020年3月に、高齢者向け配食サービス『まごころ弁当』郡山店の店長として起業する杉山利彦(すぎやま・としひこ)さんには、ある記憶があります。楽器店を営んでいた生前の父親が、何度か、ハーモニカやピアニカなどの手軽な楽器を携え、まだ幼かった杉山さんを連れて、どこかを訪れていた記憶です。そこが障がい者支援施設であり、父親がボランティアでイベントの手伝いをしていたことは、後になって知ったことですが、その情報が記憶の光景にシンクロしたのでしょう。職場は変わっても、一貫して介護の現場で働き続けた杉山さんは、「私が起業への思いを持ち続けたのは、間違いなく自営業だった父親の影響です。ふと思ったのですが、記憶にある施設の光景も、介護の仕事を選んだことと無関係ではないのかも知れません」と杉山さん。《介護保険法》が施行された2000年、介護福祉士の資格を取得して専門学校を卒業し、介護老人保健施設へ就職します。当時は就職氷河期で、とくに2000年は、大卒の求人率が「1」を切っていました。そんななかで介護の業界は、きわめて将来性のあるバラ色の業種でした。記憶の光景云々はさておいても、多くの若者同様、杉山さんが介護の世界に進路を定めたのは、ごく当然のことでした。



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グループホーム管理者として、ムリにムリを重ねて…。

──奇しくも《介護保険法》が施行された年に介護福祉士になられたわけですが、20年経って、いかがですか?

介護業界自体がそうですが、私自身のキャリアも惨憺(さんたん)たるものです。20代の後半は、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)の管理者として働いていたのですが、30歳を過ぎ、精神的に追い込まれ、うつ病を発症しました。他の施設の起ち上げとの兼務が繰り返されることもあって早朝から出勤して、帰宅するのが夜中でした。そのサイクルが延々と続くのです。休みがないこともありました。まだ若かったし、ムリを重ねていたのでしょうね。最初はうつ病という自覚がありませんでした。「疲れたなあ」、「疲れるなあ」としか思っていないので、ますます深刻なことになっていきます。疲れを我慢して仕事をしているうちに、急速に体力が落ちていき、振り絞る気力もなくなり、手足を動かすことすら辛くなってしまいました。うつ病というのは、発見が早ければ早いほど回復も早いそうです。私の場合、もう手遅れでした。介護の仕事は続けられないと思いました。それでも30代半ばまでは、不眠と偏頭痛に苦しみながら仕事をしていましたが、心身ともに続かなくなり、結果的に職場を転々とすることになりました。



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ある日、うつ病による長期の引きこもりに終止符。

──「30代半ばまでは」とおっしゃいましたが、それからはどうなさっていたのですか?

うつ病が、さらに深刻になり、引きこもってしまいます。「8050問題」は、親:80歳、子ども:50歳ですから、年齢的なズレはありますが、引きこもる中年ニートは、そのまま我が家の問題でした。


──その状態が、いつまで続いたのですが?

去年の春です。「うつヌケ」という言葉をご存じですか? うつ病だった作者(田中圭一)が、自身の闘病と脱出体験を描いたコミックのタイトル『うつヌケ ~うつトンネルを抜けた人たち~』から生まれた言葉です。私の場合は、闘病とか脱出とかというほど劇的ではなかったのですが、ある日、スルッと「うつヌケ」したのです。


──「今日は、なぜか気分がよいな」ではなく、ご自身で「うつヌケ」したと思えたのですか? 充分劇的です。

うまく説明できないですが、自分のなかの黒いモヤモヤしたものが急になくなりました。それから、生活が元通りになり、本来の自分に戻った!と実感しました。




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高齢者向け配食サービスのフランチャイジーとして起業。

──「うつヌケ」して、どうされたのですか?

まだ人生半ばです。残り半分をどう生きるか?──とりあえずは、母と祖母との3人暮らしを、私が支えなければなりません。かなり脚が弱っていたので、「しばらくは、在宅のデスク・ワークがありがたいかな」と考えていたとき、10年くらい前にハローワークで知った求職者支援訓練を思い出しました。手続きを経て、8月から翌年1月まで、求職者支援訓練(DTP-Webデザイン科)へ通うようになったのですが、通学中の11月頃、インターネットで高齢者向け配食サービスのフランチャイジー募集を目にしたのです。これから需要が増えるビジネスであることは確かです。検討してみようと思いました。最初は、私が住んでいる須賀川市とか、白河市とか、まだ高齢者向け配食サービスの事業所がない県南地域で開業を想定して本部とやりとりをしていたのですが、「既存客、作業場、厨房設備、パートさんなどをそのままに、郡山店を引き継ぎませんか?」という好条件なお話があり、思い切って受けることにしました。


──引きこもりが一転して、アグレッシブな展開ですね。

体調もいいですし、うつ病に関しても、もう大丈夫だと思っています。



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介護福祉士としての経験・知識・人脈を活かして…。

──介護の現場ではありませんが、介護関連のお仕事ですね。

高齢者向け配食サービスのフランチャイジー募集が目にとまったのも、偶然と言うより、私のなかに“介護”というアンテナがあったからだと思います。ただ当時は、在宅のデスクワークをめざしてDTP-Webデザインの訓練を受けている途中であり、DTP-Webデザインは、何の仕事をするにしても役に立つスキルですから、最後まで通って、修了証をいただきました。


──介護も、しくみ自体が在宅に重心を移しつつあります。そういう意味では、高齢者向け配食も、介護サービスの一環です。杉山さんのためにあるような仕事かも?

郡山店を正式に引き継ぐのは3月1日で、今は引き継ぎのための研修中です。営業活動は始めていますが、名刺にも記した介護福祉士の肩書きが、大いに役立っています。手始めに、これまでの仕事で知り合ったケアマネージャー(介護支援専門員)をお訪ねしているのですが、すでに色々な事業所様で好感触を得ています。事業所には何人もケアマネージャーがいらっしゃいますので、弁当の数ではもっと多くなると思います。介護の経験をしているので、利用して頂けるお客様にはお弁当だけではなく、声掛けや見守りサービスなども充実したサービスとして考えています。




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人の大切さ、ありがたさを、改めて実感。

──これまでは転職でしたが、今回は経営者になるわけです。まったく立場が違いますね。

はい。パートさんとはいえ、従業員もいます。振り返ってみれば、20代半ばから30歳過ぎの管理者時代に燃え尽きて、あとは、心と体をだましながら仕事を続けていました。今回は、気持ちの入り方がまったく違いますし、体調も管理者として働き始めた20代半ばに戻ったような感覚です。うつ病にまでなったのに、介護の仕事そのものは嫌いになれません。お年寄り、というより人が好きなんです。今回の起業も、周りの人の協力があって実現しました。人の大切さ、ありがたさを、改めて実感しています。



高齢者向け配食サービス
まごころ弁当 郡山店

〒963-0111 福島県郡山市安積町雷神9-1-101

Tel : 024-983-1867

Fax : 024-983-1897

ホームページ : https://www.magokorobento-koriyama.com/


店長/介護福祉士
杉山利彦

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